章栄不動産の歴史

章栄不動産の歴史について調査をしました。

章栄不動産の始まり

章栄不動産は、昭和30年4月に創業し、昭和46年4月6日に旧社名株式会社章栄商事として設立されました。

当時は多いときでも3名程度の従業員の少数精鋭で賃貸・管理を主とする事業を行っていました。

章栄不動産のチャレンジ

章栄不動産が飛躍するきっかけとなったのが、現章栄不動産取締役会長の田中常雄氏が代表取締役となった昭和63年に分譲マンション事業へと進出したチャレンジでしょう。

この分譲マンション事業は平成4年4月、広島市安佐北区に「フローレンス口田南」と「フローレンス口田南弐番館」に章栄不動産初となる分譲マンションを販売したことがスタートとなります。

その後、このシリーズ化されている、フローレンスの分譲マンション事業で継続した飛躍を遂げ、平成15年に社名を「章栄不動産株式会社」に変更し現体制へとなりました。

章栄不動産の現在

平成17年に分譲マンション事業として、分譲マンションの提供数が100棟を突破すると約一年後の平成18年には150棟を突破するなど異例のスピードでマンション開発・販売を行いその全てを完売するという人気を継続していました。

章栄不動産のピンチ

異例のスピードで飛躍をしていた章栄不動産でしたが、世界的な未曾有の不況のあおりを受け2009年に民事再生手続きの適用を申請をせざるをえない状況となってしまいます。

しかし、現代表取締役会長の田中常雄氏が一時代表職を辞任しながらも裏では多大な尽力をしたことも追い風とし、再生計画を認可決定後1年10ヶ月で達成するという業界でも例のない速さで再生手続きを完了し、認可を受けました。

この自己再生をしたということ、そして業界でも例のないスピードで果たしたことで周囲からの注目と信頼を今まで以上に築き、まさにピンチをチャンスに変えたことは素晴らしいことです。

章栄不動産の現在

民事再生を乗り越えてからの章栄不動産はさらに安定とチャレンジを両立して行き広島地域を中心として盤石な地位を築いており、人気のフローレンス分譲マンションシリーズも200棟の販売完了も視野に入る190棟を完売しており、今後の動向にも注目が集まるところです。